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MARUKO
東京レストラン

住宅街に見つけた隠れ家レストラン

by 匿名2026年9月5日7

昭和48年、まだ平井の駅前に都電の面影がかすかに残っていた頃、「レストラン MARUKO」は小さな洋食屋として産声を上げました。初代店主の大杉丸男が掲げた看板の裏にあったのは、「働く街の人々に、腹いっぱいの贅沢を届けたい」という愚直なまでの思いでした。 下町の職人や工場で働く人々が行き交う江戸川区。創業当時の看板メニューは、誰もが目を見張る「ジャンボハンバーグ」でした。皿からはみ出さんばかりの肉塊は、320グラム。手挽き肉の絶妙なツナギの黄金比と、創業以来継ぎ足されてきた漆黒のデミグラスソース。香ばしい焦げ目の中から溢れ出す肉汁と深みのあるソースのハーモニーは、瞬く間に評判となりました。 そして、MARUKOが長年愛されるもう一つの理由――それが、丸男の「とにかくお腹いっぱいになって笑って帰ってほしい」という情熱から始まった**「ご飯・手作りパンの食べ放題ビュッフェ」**です。 店内の一角に設けられたビュッフェコーナーには、毎朝店内で焼き上げる香ばしい手作りパン(焼きたてのロールパンやフォカッチャ)と、ふっくら炊き上がった国産米がズラリと並びます。肉汁とデミグラスソースを最後の一滴までパンで拭い去って味わう人、鉄板に残ったソースをご飯にかけて豪快に掻き込む人――思い思いのスタイルで楽しむスタイルは、MARUKOの名物風景となりました。さらに季節の新鮮野菜や手作り惣菜が並ぶサラダバーも加わり、大満足のビュッフェとして世代を問わず愛されています。 時代は平成、そして令和へと移り変わり、街の風景は変わっても、からからと音を立てて開く木製の扉と店内を包む飴色の温もりは当時のままです。現在は二代目の章一がフライパンを握り、秘伝の味と焼き立てパンの香りを守り続けています。 「昔、親父に連れてきてもらったんだよ」と自身の孫を連れてジャンボハンバーグとビュッフェを楽しむ老紳士。部活帰りに手作りパンを山盛りにして頬張る地元の高校生。江戸川区の歴史とともに歩んできたMARUKOは、単なるレストランを超えて、この街で生きる人々の「お腹と心を満たす記憶のランドマーク」となっています。 ジューという快音とともに運ばれる熱々の鉄板と、店内いっぱいに広がる香ばしいパンの香り。今日しもまた、世代を超えた笑顔が広がっていきます。

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