白いクロスが張られた円卓のあいだを、私はトレイを抱えて静かに歩いていた。 磨かれた床に、シャンデリアの光と、窓いっぱいに広がる相模湾の青が映り込んでいる。
今日は披露宴。 そして私は、配ぜんスタッフとしてここに立っている。
少し不思議な気分だった。 新郎新婦の名前を聞いた瞬間、胸の奥が一瞬だけきゅっと縮んだ。
――後輩だ。
同じ現場で働いていた、あの子。 忙しい合間に、愚痴を言い合ったり、将来の話をしたりした、あの後輩。
目の前では、彼女が純白のドレスに身を包み、信じられないほど幸せそうに笑っている。
「おめでとうございます」
心の中で、何度もそう言いながら、私はグラスにワインを注いだ。 拍手が起こり、笑い声が重なり、会場は柔らかな熱を帯びていく。
正直に言えば、羨ましかった。 少しだけ、ほんの少しだけ、嫉妬もした。
同じ時間を過ごしてきたのに、 彼女は人生の節目に立ち、 私は今も、配ぜん用のヒールを履いている。
でも、ふと横を見ると、同じ制服を着た仲間が目に入る。 目が合って、軽くうなずき合う。
「次、メイン行くよ」 「了解」
それだけのやり取りなのに、不思議と心が落ち着いた。 私は一人じゃない。 ここで働く仲間がいる。 この場所を支える側として、同じ時間を共有している。
披露宴が進み、昼間の海は少しずつ色を変えていった。 青は橙に、橙はやわらかな紫に溶けていく。
会が終わるころ、窓の向こうには、夕陽が沈むロマンチックな海が広がっていた。
その光の中で、後輩は何度も何度も頭を下げ、涙ぐみながら笑っていた。 その姿を見た瞬間、胸の奥にあった小さな棘が、すっと溶けていくのを感じた。
「本当に、おめでとう」
今度は、心からそう思えた。
拍手が鳴りやみ、ゲストが帰り始める。 会場には、さっきまでの賑やかさが嘘のような静けさが戻ってくる。
「じゃあ、次の披露宴の準備いこうか」
誰かの声に、私はエプロンを整えた。 テーブルクロスを外し、グラスを下げ、新しい時間のために会場を整えていく。
幸せは、見る側にも、支える側にも、ちゃんと残る。
私はそう思いながら、次の披露宴へと向かう準備を始めた。
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