昭和十四年、甲府。 御坂峠の天下茶屋で『富嶽百景』の着想を練り上げた太宰治は、石原美知子と見合いをし、この街で新婚生活を始めていた。 当時の太宰にとって、日常の句読点となっていたのが**「喜久ノ湯」**という湯屋である。 湯煙のなかの無頼 夕暮れどき、太宰は連載の原稿を書き終えると、よれよれの浴衣に下駄を鳴らして家を出る。小脇には石鹸箱と手拭い。甲府の乾いた風が、火照った頬を撫でていく。 喜久ノ湯の暖簾をくぐると、番台の主人が黙って会釈をした。 脱衣所で着物を脱ぎ捨て、浴室の戸を開ける。立ち込める真っ白な湯気の中に、近所の職人や老人の輪郭がぼんやりと浮かんでいた。 太宰は、隅の方で身体を丸めるようにして湯を浴びる。 作家としての矜持と、家庭を持ったことへの照れくささ。そんな割り切れない思いを、熱い湯が少しずつ解きほぐしていくようだった。 「太宰さん、今日はもう仕事はしまいかね?」 顔馴染みの隠居が声をかける。太宰は少し面食らったような、それでいて嬉しそうな顔をして、「ええ、まあ。今日は富士山が綺麗に見えましたから」と、所在なげに笑うのだ。 思考の洗濯 湯船に肩まで浸かると、太宰は目を閉じた。 耳に届くのは、ケロリン桶が床に当たる「カコーン」という乾いた音と、湯口から溢れる水の音だけ。 「家庭は、努力である」 そんな言葉が脳裏をかすめる。 東京での荒んだ生活を捨て、甲府で手に入れた穏やかな日々。この喜久ノ湯の湯船は、彼にとって**「人間失格」から「良き夫」へと脱皮するための繭**のような場所だったのかもしれない。 湯上がりの脱衣所。 鏡に映る自分の顔を眺め、太宰は少しだけ顎を上げた。火照った身体を夜風に晒しながら家へ帰れば、そこには美知子が夕飯の支度をして待っている。 「ただいま」 その一言を言うために、彼は今日も喜久ノ湯で、心の澱(おり)を洗い流してきたのである。
