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南インド料理店「ボーディセナ」
横浜 関内カレー

グルメ警視、登場

by 匿名2025年12月25日

関内駅から三分、石造りの外観が妙に洒落た南インド料理店「ボーディセナ」。アジア・エスニックの百名店にも選ばれたと聞けば、神奈山県警迷宮事件課主任捜査官・狩矢七郎(64)は放っておけない。通称「グルメ警視」。定休日は日曜。年末年始休みに入る前に胃袋の捜査を片づける算段だ。

「聞き込みは、空腹という名の緊急性がある」などと名言めいたことを言いつつ扉を押すと、店主が青ざめて駆け寄った。 「警視さん、困りました。数量限定の“ビリヤニミールス”用のサフランが消えたんです。今夜の予約が…」 盗難? それとも――。狩矢は手帳を開くより先にメニューを開いた。

「まずは看板のボーディセナミールス(2,300円)を。前菜にコリアンダーサラダ(850円)、軽くパパド(100円)。あと…チキン65(850円)で“犯人の顔色”を見よう」 「それ、どういう捜査ですか」 店主がツッコむ。狩矢は胸を張った。 「辛い物を食べると、人はつい本音が出る。汗と一緒に」

足元では、ナミ(7歳・ミニチュアシュナウザー×ビション)が鼻をひくつかせ、厨房方向へ小さく「フンッ」と鳴いた。影の主人公は、今日も立派に職務質問中だ。 「……ナミ、何を嗅いだ?」

店内は落ち着いた照明、しかしカウンター奥だけ妙に“甘い花”の香りが濃い。料理のスパイスとは別ベクトルの甘さだ。狩矢はマサラパパド(400円)を頬張り、トマトとオニオンの酸味で鼻をリセットする。甘い香りは消えない。ラッシーの匂いでも、マサラチャイの湯気でもない。

そこへ、昼の仕込み担当が“本日のカレー”のメモを運んできた。チェティナードマトン(スターアニス、ポピーシード、カルダモンで辛口)、ハイデラバードチキンキーマ(ローズウォーターとココナッツでクリーミー)、長芋とオクラのコロンブ(ヨーグルトで甘口)。狩矢は眉を上げる。 「ローズウォーター、昨日から匂いが強くないですか?」 「え? 替えたばかりで…」 その瞬間、ナミが厨房脇のゴミ箱を前足でトントン。覗くと、サフラン小袋の切れ端と、香水の箱。香水? 南インドの神様でも呼ぶ気か。

狩矢はランチミールス(3種カレーにサンバル、ラッサム、ライス、バトゥーラ、パパド付き)を追加し、酸っぱ辛いラッサムで頭を温める。真っ赤なフィッシュカレーの酸味を思い出しながら、推理を一段辛くする。 「香水でローズの匂いを増幅し、サフランの香りを隠した。つまり、サフランを抜いたのは店内でスパイス瓶に触れる人間…」 厨房に出入りできるのは、店主、仕込み担当、そして今日だけ入った臨時スタッフ――配送業者を名乗っていた男だ。

狩矢は決め手を“味”で取る。チキン65を一口。辛さに強いふりをした男だけ、なぜか汗が出ない。代わりに手首がやけに香る。ナミがその手首を嗅いで「フンッ!」。完全一致の合図だ。 「香水をつけてる人は、厨房じゃ浮きます。スパイスの神様に怒られますよ」 男が青ざめ、ポケットからサフランがこぼれた。

「転売目的だな。サフランは高い。だが――ここは“皿の上で混ぜて完成する”ビリヤニミールスが人気No.1。混ぜる前に盗むとは、味の文盲だ」 狩矢の説教が長くなりかけたので、店主がすかさずマンゴーラッシー(550円)を差し出した。 「警視さん、冷却装置です」 「助かる。捜査官は熱に弱い」

事件は一皿で完食。食後、狩矢はマサラチャイ(350円)をすすり、ナミの頭を撫でる。 「名探偵は君だな。次はドーサセットで、もう一回“フンッ”を頼む」 ナミは尻尾を振り、店のスパイスよりも誇らしげに、もう一度だけ鼻を鳴らした。

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南インド料理店「ボーディセナ」

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