大学の卒業式を数日後に控えた冬の朝。 まだ夜が完全に明けきらない時間、僕と浩太はバイクで相模原の山の方へ向かっていた。
「寒っ…」
信号で止まるたびに、白い息がヘルメットの中に広がる。 気温はきっと氷点下に近い。
今回のツーリングの目的は、ずっと気になっていた場所。 レトロ自販機が並ぶという、少し変わったスポットだった。
道に迷いながらも、なんとかたどり着いたのは朝6時30分。 2月の終わりの空気は刺すように冷たい。
エンジンを切ると、周囲は妙に静かだった。
「…ここだよな?」
浩太が指さす先には、 暗がりの中でぼんやり光る自動販売機の列。
近づいた瞬間、思わず笑ってしまった。
「うわ……」
想像していたより、はるかに多い。
古びた自販機がずらりと並び、 飲み物、アイス、ポップコーン、ハンバーガー、トースト、うどん、そば――
昭和のまま時間が止まったみたいだった。
「これ、全部動いてるの?」
「たぶんな」
ただ、早すぎたのか、 目当てのボンカレーやトーストサンドは売り切れランプ。
浩太が肩をすくめた。
「来る時間、ミスったな」
それでも、見ているだけで楽しい。
懐かしい缶のデザイン。 見たこともない飲み物。 硬貨を入れても、なかなか認識しない古い機械。
「これ、100円入れても反応しないんだけど」
「昭和の気まぐれだろ」
二人で笑う。
結局、買えたのは一つだけ。 天ぷらそば。
機械の中で「ガチャン」と音がして、 ゆっくりと出来上がる。
取り出すと、湯気が立った。
「一杯しかないな」
「半分こな」
僕たちは外のベンチに座り、 その一杯を二人で分けた。
湯気の向こうに並ぶ自販機の光。
その時だった。
ふわり、と 白いものが落ちてきた。
「……雪?」
空を見上げると、 細かい雪が静かに舞い始めていた。
浩太が箸を止める。
「俺ら、もうすぐ社会人だな」
ぽつりと言った。
お互い就職は決まっている。 春から別々の会社、別々の街。
「なんか実感ないな」
「正直ちょっと怖い」
浩太は笑いながら言った。
「でもさ」
僕は残りのそばをすすった。
外で食べる天ぷらそばは、 やたらと美味かった。
「今日みたいな日、忘れなければ大丈夫な気がする」
浩太は少しだけ黙って、 そして頷いた。
雪は少しずつ強くなり、 自販機の光の中で静かに舞っている。
昭和の機械が並ぶ場所で、 僕たちは未来の話をしていた。
食べ終えたカップをゴミ箱に入れ、 バイクにまたがる。
エンジンをかけると、 朝の冷たい空気が震えた。
「行くか」
「行こう」
レトロ自販機の光を背に、 僕たちはゆっくりと走り出した。
社会に出る不安と、 少しの期待を乗せて。
