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NIANES
横浜 馬車道ケーキ

ほどける甘さ NIANESにて

by 匿名2026年1月23日

娘とは、もうずいぶん口をきいていなかった。 大きな喧嘩をしたわけでもない。 理由を探そうとすると、どれも取るに足らない気がして、結局そのまま時間だけが過ぎた。

誕生日の朝も、特別な期待はしていなかった。 仕事の合間にスマホを見ると、娘から一言だけメッセージが来ていた。

「今日、ケーキあるから」

帰宅すると、テーブルの上に小さな箱が置いてあった。 横浜の馬車道にあるケーキ屋の箱だった。 聞いたことはある。休日の午後になると、すぐ売り切れる店だ。

箱を開けると、洋梨のショートケーキ。 正直、甘いものは苦手だ。 生クリームは重たいし、ケーキは子どもの食べ物だと思っていた。

「これ、あそこのだよ」

娘はそれだけ言って、キッチンに立ったままこちらを見ない。 フォークを入れると、スポンジがしっとり沈んだ。 クリームは思ったより控えめで、洋梨がみずみずしい。

一口食べて、少し驚いた。 甘さが前に出てこない。 口の中でほどけて、あとに残るのは果物の香りと、軽いコクだけだった。

「……これ、うまいな」

娘の肩が、ほんの少しだけ動いた。

「コーヒー、入れるか?」

自分でも驚くくらい、自然に言葉が出た。 娘は小さく「うん」と言って、カップを取り出す。

湯が落ちる音と、コーヒーの香り。 さっきまで張りつめていた空気が、ゆっくり緩んでいく。

「この店、プリンも美味しいんだって」 「そうなのか」 「今度はそれにしようか」

それだけの会話だった。 昔みたいに戻ったわけでもない。 でも、ケーキ皿は空になっていた。

洋梨のショートケーキは、 甘さを抑えた分だけ、言葉の代わりになってくれた気がした。

飲食店短編小説

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