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きみどりカフェ
東京町田 成瀬カフェ

黄緑色の光

by 匿名2026年1月29日

一月の終わり、就活帰りの私は成瀬駅のホームに降り立った。

今日で三社目の最終面接。「結果は一週間以内にご連絡します」——もう何度聞いたかわからない言葉だ。黒いリクルートスーツが、冬の冷たい空気の中でやけに重く感じた。

駅から続く道を歩いていると、ふと目に入った看板があった。「きみどりカフェ」。黄緑色の文字が、灰色の空に映えて見えた。

気づけば私はその扉を押していた。

カランと鳴るドアベル。木の温もりを感じる内装と、窓際に並ぶ観葉植物の緑。カウンター席に案内されると、窓から差し込む柔らかな光が私を包んだ。

「季節のパフェ、いかがですか?」

店員さんの優しい声に導かれるまま、私はメニューを眺めた。桃パフェ、紫陽花スイーツプレート——季節ごとに変わる特別なメニューがあるらしい。今日は冬の苺パフェがあった。

「それと……カレーランチも、お願いします」

お腹が空いていたことに、今さら気づいた。

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運ばれてきたカレーは、見た目以上に優しい味だった。スパイスの香りが鼻をくすぐり、一口ごとに身体が温まっていくのを感じた。

店内には、私と同じように一人で訪れているお客さんがちらほらいた。本を読んでいる人、ノートパソコンを開いている人、ただ静かにコーヒーを飲んでいる人。誰もが自分だけの時間を過ごしていた。

この空間では、就活のことを考えなくてもいい気がした。

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食後のパフェは、小さな芸術品のようだった。

真っ赤な苺が層になって重なり、その間にはクリームとスポンジが丁寧に敷き詰められている。一口食べると、苺の甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

ああ、美味しい。

そう思った瞬間、なぜか涙が込み上げてきた。

就活を始めてから、ずっと走り続けてきた。自己分析、エントリーシート、グループディスカッション、面接。「自分の強みは何か」「将来どうなりたいか」——答えのない問いに、答えを出そうともがいてきた。

でも今、この瞬間だけは、何も考えなくていい。ただ、目の前の甘いものを味わえばいい。

スプーンを持つ手が、少しだけ軽くなった気がした。

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窓の外を見ると、曇り空の隙間から一筋の光が差し込んでいた。

黄緑色——きみどり色の光。

店名の由来は知らないけれど、きっとこの色なんだろうと思った。若葉のような、希望のような、そんな色。

私はスマートフォンを取り出し、今日の面接官の言葉を思い出した。

「あなたの話し方、すごく誠実で好感が持てました」

そう言ってくれた瞬間、確かに私は嬉しかった。結果がどうなるかはわからない。でも、私なりに精一杯やってきたことは、間違いじゃなかったのかもしれない。

パフェの最後の一口を食べ終えて、私は深呼吸をした。

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会計を済ませ、店を出る。

冬の空気は相変わらず冷たかったけれど、さっきまでと何かが違っていた。

また明日から、頑張れる気がする。

ポケットの中のスマートフォンが震えた。画面を見ると、先週面接を受けた会社からのメールだった。

「内定のご連絡」

私は立ち止まり、もう一度、きみどりカフェの看板を振り返った。

黄緑色の文字が、冬の光の中で静かに輝いていた。

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きみどりカフェ

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