← ストーリー一覧に戻る
KOKOホテル築地 銀座
中央区 築地ビジネスホテル朝食バイキング

朝の向こう側で

by 匿名2025年12月21日

築地場外の通りを挟んだ向かいに、KOKOホテル築地 銀座は佇んでいる。  市場の喧騒がまだ完全には目覚めきらない時間、ホテルの裏口には、仕事を始める者たちの静かな気配が集まる。

 朝食バイキングは、宿泊者専用だ。  一階と二階にレストランスペースがあり、二階は修学旅行などの団体客を受け入れるために使われる。  普段は外国人の宿泊者が多く、朝のレストランには、英語や聞き慣れない言葉が自然に混じる。

 私が最初に任された仕事は、食器の洗浄だった。  お客様が席を立ったあと、皿やグラスを下げ、黙々と流しへ運ぶ。  単調ではあるが、朝のリズムを覚えるには十分だった。

 店長は年配の男性で、口数は少ない。  だが、怒鳴ることはほとんどなく、必要なことだけを低い声で伝える。  その背中が、厨房の空気を落ち着かせていた。

 スタッフにはミャンマー人が数人いる。  ほかは近隣に住む年配の人たちで、皆どこか肩の力が抜けている。  冗談も言うし、初めての私にも気さくに声をかけてくれた。

 仕事に慣れてくると、バイキング料理の差し替えを任されるようになった。  空になりかけた皿を下げ、新しい料理を並べる。  料理が整うだけで、カウンターの景色が一変するのが不思議だった。

 さらに慣れると、盛り付けも任せてもらえるようになった。  これが、思いのほか楽しい。  少し角度を変えるだけで、料理は生き生きと見える。

 外国人のお客に話しかけられることもあった。  最初は戸惑い、言葉に詰まった。  だが、仕事を終えた帰り道、  「明日はこんな言い方をしてみようか」  そんなことを考える自分に気づいた。

 仕事終わりには、賄いとしてバイキングを食べることができる日もある。  さっきまで並べていた料理を、今度は客ではなく、働く側として口にする。

 その味は、少しだけ違って感じられた。

 築地の朝は早い。  だが、このホテルの朝は、ただ忙しいだけではない。  少しずつ任されることが増え、少しずつ声を出せるようになり、  自分がこの場所の一部になっていく。

 場外市場の通りが賑わい始めるころ、  私はエプロンを外し、裏口から外へ出る。

 朝は、まだ続いている。

この物語に

KOKOホテル築地 銀座

コメント (0件)

まだコメントがありません。最初のコメントを書いてみませんか?

ログイン状態を確認中...