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酒ト壽
神楽坂居酒屋

坂の途中で、熱燗が息をつく

by 匿名2025年12月28日

試験会場を出た瞬間、空がやけに高く見えた。 キャリアコンサルタント。友人は合格、私は不合格。 「また次があるよ」――ゆうじの慰めは、正しすぎて腹が立つ。正論は、今はいらない。

神楽坂を降りるか、飯田橋から登るか。 坂の途中、毘沙門天の前の通路を曲がり、細い道へ。 古民家の灯りがぽつりと見えて、吸い寄せられるように暖簾をくぐった。 酒ト壽。

一階はカウンターだけ。木の匂いと、昭和にタイムリープしたみたいな静かな清潔感。 元気な「いらっしゃいませ!」が、こちらの沈んだ心情などお構いなしに弾む。

お通しは車海老。さばきたてで、ぷりっとした身。 頭は焼いてくれるというから、あとでバリバリいただく約束を胸に、まずは瓶ビール。 浅利のニンニク漬けが来て、苦味が喉を抜ける。 鮪ほほ炙りで、もう一口。 日本酒の品書きには二十以上の地名が並び、熱燗が合うものには、きちんとそう書いてある。 店主は呑兵衛だな、と勝手に思う。

ゆうじが何か言う。 「次は――」 その続きを遮るように、カウンターの向こうからまた元気な掛け声。 不思議なもので、笑ってしまった。 白子の昆布焼き。なめろう。 ちょびちょびと盃を傾けるうち、胸の奥の固まりが、湯気みたいにほどけていく。

締めは、あら汁。 静かに、深く、身体に染みる。 これでいい。これがいい。 日本人に生まれてよかった。 この店を知れてよかった。

坂を出る頃、さっきまでの悔しさは、次の頁をめくる音に変わっていた。 元気になるタイミングは、人それぞれでいい。 私はここで、また頑張ろうと思えた。

この物語に

酒ト壽

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