試験会場を出た瞬間、空がやけに高く見えた。 キャリアコンサルタント。友人は合格、私は不合格。 「また次があるよ」――ゆうじの慰めは、正しすぎて腹が立つ。正論は、今はいらない。
神楽坂を降りるか、飯田橋から登るか。 坂の途中、毘沙門天の前の通路を曲がり、細い道へ。 古民家の灯りがぽつりと見えて、吸い寄せられるように暖簾をくぐった。 酒ト壽。
一階はカウンターだけ。木の匂いと、昭和にタイムリープしたみたいな静かな清潔感。 元気な「いらっしゃいませ!」が、こちらの沈んだ心情などお構いなしに弾む。
お通しは車海老。さばきたてで、ぷりっとした身。 頭は焼いてくれるというから、あとでバリバリいただく約束を胸に、まずは瓶ビール。 浅利のニンニク漬けが来て、苦味が喉を抜ける。 鮪ほほ炙りで、もう一口。 日本酒の品書きには二十以上の地名が並び、熱燗が合うものには、きちんとそう書いてある。 店主は呑兵衛だな、と勝手に思う。
ゆうじが何か言う。 「次は――」 その続きを遮るように、カウンターの向こうからまた元気な掛け声。 不思議なもので、笑ってしまった。 白子の昆布焼き。なめろう。 ちょびちょびと盃を傾けるうち、胸の奥の固まりが、湯気みたいにほどけていく。
締めは、あら汁。 静かに、深く、身体に染みる。 これでいい。これがいい。 日本人に生まれてよかった。 この店を知れてよかった。
坂を出る頃、さっきまでの悔しさは、次の頁をめくる音に変わっていた。 元気になるタイミングは、人それぞれでいい。 私はここで、また頑張ろうと思えた。
