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芦名ベーカリー 芦兵衛
神奈川 葉山パン屋

冬の葉山、パンとコーヒーのあいだ

by 匿名2025年12月27日

年末の空は、葉山にしては少し重たく、海も今日は静かだった。 フロントガラス越しに見る海の色は、冬らしく鈍く、それでも穏やかだった。

助手席に置いた紙袋が、カーブのたびにかすかに音を立てる。 中には、芦兵衛のパン。 美味しくて、安くて、なぜか人を少しだけ前向きにしてくれる、あの店のパンだ。

私は失業して、正直、気持ちも財布も軽くなっていた。 それでも今日は、久しぶりに会う友達の顔を思い浮かべると、 アクセルを踏む足が、ほんの少しだけ軽くなる。

彼は体を壊して、都会を離れ、葉山に移り住んだ。 「療養」と言えば聞こえはいいけれど、 きっと不安も、割り切れない思いも多いはずだ。 連絡は取っていたが、会うのは本当に久しぶりだった。

駐車場に車を停め、紙袋を手に玄関へ向かう。 扉を開けると、潮の匂いと、コーヒーの香りが混ざった空気が流れてくる。

「久しぶり」 その一言が、少し照れくさかった。

テーブルに並べたのは、ミートパイ、チーズフォカッチャ、オレンジタルト、 しらすのピザ、それから甘いタルトをいくつか。 紙袋を開けた瞬間、バターと小麦の匂いがふわっと広がる。

「相変わらず、いい店見つけるな」 彼はそう言って、ミートパイを手に取った。

薄いパイ生地をかじると、ミートソースがじんわり広がる。 「これ、うまいな……」 その一言に、なぜか胸の奥が少しほどけた。

彼が淹れてくれたコーヒーは、驚くほど優しい味だった。 特別な豆じゃないよ、と言いながら、 時間をかけて、丁寧に淹れてくれた一杯。 パンと一緒に口に含むと、不思議と心まで温かくなる。

仕事の話、体の話、これからどうしようかという話。 どれも答えは出ないまま、 でも、重くはならなかった。

「まあ、なんとかなるか」 彼がそう言って笑った時、 私も、同じ気持ちだと気づいた。

窓の外では、冬の海が変わらずそこにあった。 何かが劇的に良くなったわけじゃない。 でも、パンとコーヒーを囲んでいるうちに、 二人とも、ほんの少しだけ元気になっていた。

帰り際、エンジンをかけると、空は来た時より少し明るくなっていた。 紙袋は空になっていたけれど、 心は、来た時より軽かった。

また来よう。 彼にも、この町にも、 そして、自分自身にも。

この物語に

芦名ベーカリー 芦兵衛

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