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メッツァリサーチラボ大阪
大阪 淀屋橋休憩スペース

金曜日のおまじない

by 匿名2026年2月5日

金曜日の午後6時。美咲は淀屋橋の雑居ビルの階段を、鉛のような足取りで降りていた。 今日のプレゼン、完全に失敗した。 上司の前で頭が真っ白になって、クライアントへの提案資料の数字を2箇所も読み間違えた。会議室を出るとき、先輩の冷たい視線が背中に刺さった。

「もう嫌だ……」 駅に向かう途中、ふと目に留まったのは、小さな緑色の家のマークと「metsä research Lab.」と書かれたガラス扉だった。北欧風の温かそうな雰囲気が、なんとなく気になった。

「すみません、少しだけ……」 中に入ると、ふわっと木の香りとコーヒーの匂いが漂ってきた。窓辺には羊毛フェルトで作られたムーミンのキャラクターたち。壁には紅葉に染まった湖畔の映像。店内のあちこちに、小さくて可愛い北欧雑貨が並んでいる。

「いらっしゃいませ。お疲れ様です」 カウンターの向こうから、柔らかな声がした。30代くらいの女性スタッフが、にっこりと微笑んでいる。目尻の皺が、その笑顔を一層温かく見せていた。

「あの、少し休憩させていただいても……」 「もちろんです。LINE登録していただければ、無料でお席をご利用いただけますよ。今日は特に冷えますものね」

スタッフは美咲を窓際の席に案内し、湯気の立つコーヒーを運んできてくれた。白いカップから、深く芳ばしい香りが立ちのぼる。

「お疲れの顔をされていましたので。元気が出るようにと、少しだけ北欧のおまじないをかけておきました」 彼女がいたずらっぽくウインクした。 美咲は思わず笑ってしまった。今日初めての笑顔だった。

「ありがとうございます」 席についてコーヒーを一口。ほろ苦い味わいと温もりが、固くなっていた肩の力をふっと抜いてくれた。 窓の外を眺めながら、ぼんやりとムーミン谷の写真を見つめる。そこには穏やかな湖と、緑の丘が広がっていた。

「ムーミン谷、行ったことありますか?」 気づくと、スタッフが隣のテーブルを拭きながら話しかけてきた。 「埼玉のムーミンバレーパーク……まだ行けてなくて」 「私もね、仕事でいろいろ大変だったとき、初めてメッツァヴィレッジに行ったんです。湖のほとりでぼーっとしてたら、なんだか肩の荷が降りたような気がして」

スタッフは窓の外を見つめながら、続けた。 「だから今は、ここで皆さんに北欧の空気を届けたいなって。大阪にいながら、ちょっとだけ遠い国に旅した気分になれる場所を作りたくて」

その言葉が、すとんと胸に落ちた。 一つの失敗で終わりじゃない。また明日がある。 美咲は温かいカップを両手で包みながら、小さく息を吐いた。

「あの……また来てもいいですか」 「もちろん。いつでもいらしてくださいね。次はアンケートに答えてくださったら、素敵なプレゼントもご用意してますから」 スタッフは、テーブルの上の小さなぬいぐるみをそっと直しながら言った。

帰り際、美咲はもう一度振り返った。 「ありがとうございました。元気、もらえました」 「お仕事、きっとうまくいきますよ。また頑張りすぎたら、いつでも休憩しに来てくださいね」

外に出ると、夜風が少し冷たかった。でも、胸の中にはさっきまでなかった温かさが残っていた。 月曜日、もう一度やり直そう。 美咲は深呼吸をして、駅への道を歩き始めた。背筋が、少しだけ伸びていた。

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