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のげちゃん
桜木町 野毛居酒屋

ハッピーアワーの半分で

by 匿名2025年12月24日

昼と夜の境目が曖昧になる時間帯というのが、世の中にはある。  野毛のこの店も、そういう時間をうまく使っているらしい。  平日は昼過ぎから夕方までがハッピーアワー。  一日の半分が安くなるというのは、どこか人生の帳尻合わせのようでもあった。

 会社の上司と、並んで一階の立ち飲みスペースに立った。  いつもは口数の少ない人だ。  今日も、こちらが何も言わなければ、何も話さないだろう。

 まずはハイボール。  生姜の効いた店の名を冠した一杯が、喉を抜けていく。  仕事の不満、取引先への苛立ち。  私はそれを、少しずつ吐き出していた。

 上司は、黙って牛すじ煮込みをつついている。  箸の動きはゆっくりで、急かす気配がない。

 イカワタフォンデュが運ばれてくる。  濃厚で、逃げ場のない味だ。  酒が進む。言葉も、進む。

「……理不尽ですよね」

 そう言ったとき、上司は初めてこちらを見た。

「理不尽は、なくならない」

 それだけ言って、そば茶ハイをひと口飲む。

 刺身のちょこっと盛り。  この値段でこの厚みか、と感心する。  上司は何も言わないが、箸が止まらない。

 店内は賑やかだった。  競馬中継の実況、油のはぜる音、誰かの笑い声。  その中で、上司の声だけが、不思議とよく通った。

「全部、正面から受けなくていい」

 それは慰めでも、叱責でもなかった。  事実を、事実として置いた言い方だった。

 手羽先を無言でかぶりつく。  長芋のもっちり揚げは、値段の話をするのが野暮なくらい旨い。  私は少し、気が楽になっている自分に気づいた。

 二階の座り席に上がることはなかった。  今日は、この距離でよかった。

 最後に、もう一杯。  クエン酸サワー。  酸っぱさが、頭を少しだけはっきりさせる。

「……ありがとうございました」

 そう言うと、上司は短く頷いた。

「また、飲めばいい」

 それだけだった。

 外に出ると、動物園通りの看板が少し滲んで見えた。  帰りに、おじいさんのシベリアを買って帰ろう。  そう思えるくらいには、今日はもう、十分だった。

 ハッピーアワーは、時間で終わる。  けれど、言葉は、少し遅れて効いてくる。

 私はポケットに手を入れ、野毛の夜を歩き出した。

この物語に

のげちゃん

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