SOY MARCHE TAAAC にて
上大岡駅から京急線の線路沿いを南へ、六分ほど歩く。 電車の音が頭上をかすめ、風に混じって甘い香りとコーヒーの匂いが漂ってくる頃、白い外壁の店が見えた。 SOY MARCHE TAAAC。
今日は散歩のついでだった。 ミックス犬、ソラと一緒に。
ソラは人が苦手だ。 近づかれると吠える。 悪気はない。ただ、怖いのだ。
犬とカフェでお茶をする—— 前から、やってみたかった。 けれどソラの性格を考えると、現実的ではない気がして、何度も通り過ぎてきた。
テラス席がある。 それは事前に知っていた。 だが、知っていることと、実際に来ることは違う。
私は立ち止まり、ソラのリードを少し短く持った。 ソラは何も知らず、鼻を鳴らしている。
勇気を出して、扉の前に立った。
店内から見えるショーケースには、ソイシューが並んでいる。 豆乳中心のカフェだと聞いていたが、どこか「ソイっぽくない」空気があった。
「すみません……」
声をかけると、奥から店主が顔を出した。 穏やかな目をした人だった。
「犬、テラスなら大丈夫でしょうか」
その瞬間、ソラが低く唸った。 やっぱり、無理だったかもしれない。
だが店主は、ソラを見るでもなく、私を見るでもなく、ただこう言った。
「大丈夫ですよ。無理しなくていいですから」
その一言が、不思議と胸に染みた。
テラス席は、京急の線路がよく見える場所にあった。 電車が通るたび、ソラの耳がぴくりと動く。
私はちょい飲みセットを頼み、花ズッキーニのフリットを追加した。 揚げたてのフリットは軽く、噛むと中のモッツァレラがとろりと溶け、アンチョビの塩気が追いかけてくる。
ソラは——吠えなかった。
正確には、吠えそうになって、やめた。
ソイラテを一口飲む。 豆乳のまろやかさが前に出すぎず、コーヒーときれいに混じっている。
おからスコーンは、ざくっとしていて、罪悪感がない。 それが妙に、今日の自分に合っていた。
店主が、そっと声をかけてくれた。
「犬と来るの、初めてですか」
「……はい。前から、やってみたくて」
店主は少し笑って、こう言った。
「じゃあ、今日はいい日ですね」
その言葉に、ソラが私の足元で座った。 偶然かもしれない。 でも、私はそうは思わなかった。
電車が通り過ぎる。 テラスに風が流れる。 ソラは静かに、私の隣にいる。
やってみたかったことは、 大げさな達成感を伴って叶うわけじゃない。 たいていは、こうして—— 花ズッキーニのフリットと、豆乳のラテの間に、そっと置かれる。
私はソラの頭を撫で、もう一度、店の看板を見た。
また来よう。 次は、迷わずに。
