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一丁焼き こたろう 北鎌倉天空店
北鎌倉たい焼き

北鎌倉たい焼き物語

by 匿名2026年2月14日

坂道は、思っていたよりも長かった。

北鎌倉駅を出たときは、ただの散歩の延長のつもりだった。観光地の喧騒を少し外れた住宅街を抜け、ゆるやかな登り坂へ足を向ける。冬の空気は澄んでいて、遠くで犬の鳴き声が聞こえた。道端の家々はどれも静かで、時折、洗濯物が風に揺れている。

「徒歩二十分」

その数字は、平坦な道での話だったのだろう。

坂道はじわじわと脚に効いてくる。息が少し上がり、足取りが重くなる頃、ようやく商店街が見えてきた。今泉台商店街。派手さはないが、どこか人の暮らしの匂いが残る場所だ。

その一角に、小さな店があった。

暖簾はない。

店は通りにそのまま開かれていて、鉄板と職人の手元が、まるで街の一部のように晒されている。甘く香ばしい匂いだけが、店の存在を静かに主張していた。

店頭には手書きの文字。

── ただならぬ陽気おやじ

思わず立ち止まる。

本当に陽気なのだろうか。

向かい側。

通りの真ん中には、木彫りの長椅子。

年季の入った木目。

そこに、数人の客が腰掛けていた。

誰も急いでいない。

誰も苛立っていない。

ただ静かに、焼き上がりを待っている。

その光景に、なぜか少しだけ安心する。

「いらっしゃい!」

声が飛んできた。

鉄板の前に立つ店主。白い帽子に、年季の入った手つき。笑っているようで、どこか職人らしい厳しさも滲んでいる。

「注文してから焼くからね、ちょっと待つよ」

言い方はぶっきらぼうだが、目はどこか楽しげだ。

陽気半分、頑固半分。

なるほど、看板に偽りなしだ。

たい焼きを一つ頼むと、店主は手際よく生地を流し込む。じゅわ、と音がして、甘く香ばしい匂いが広がった。

通りに匂いが溶けていく。

椅子に座る人たちの視線が、自然と鉄板へ集まる。

この店では、待つ時間もまた風景なのだ。

「ここまで歩いてきたの?」

「ええ……坂が思ったより」

「ああ、あの坂ね。みんな甘く見てくるんだよ」

そう言って笑うと、今度は商店街の話が始まる。昔あった店のこと、最近できたパン屋のこと、裏北鎌倉が静かに注目されていること。

話は途切れない。

鉄板の上で、生地が色を変えていく。

待ち時間は十分か十五分か。正確な時間はわからない。ただ、不思議と長くは感じなかった。

やがて、店主がたい焼きを差し出す。

小ぶりな一匹。

羽根つきの薄皮。

かじった瞬間、軽やかな音がした。

パリッ。

その下に、わずかなモチモチ。

さらにその奥に、あんこ。

甘さは控えめで、小豆の味がまっすぐに伝わってくる。豊かな甘みに、ほんの少しの塩気。重たさのない、静かな余韻。

「あんまり甘くないでしょ?」

店主がこちらを見る。

「ええ……小豆の味が」

「そこなんだよ」

満足そうに頷く。

四百円。

確かに安くはない。

駅から遠く、坂を登り、しばらく待つ。

けれどこの店では、そのすべてが最初から織り込まれている気がした。

値段も。

時間も。

距離さえも。

たい焼きというより、

ここまで来た記憶そのものを買っているような感覚。

「うぐいすあんもあるからね」

鉄板に新しい生地を流しながら、店主が言う。

次はそれを試してみようか。

そう思いながら店を離れる。

振り返ると、長椅子にはまた新しい客。

同じように座り、

同じように待ち、

同じ匂いを吸い込んでいる。

坂道を下る足取りは、来たときよりも軽い。

また登るのも、悪くない。

そんな気がした。

この物語に

一丁焼き こたろう 北鎌倉天空店

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