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みそびより
東京 勝どき味噌ラーメン 居酒屋

朝 一杯のコーヒーの向こう側

by クーミン2026年5月27日7

高層ビルの27階。

ガラス越しに東京湾が見えるそのオフィスで、男は毎日、巨大な案件に追われていた。

海外との会議。 終わらないチャット。 数字。 責任。 プレッシャー。

「エリートですね」

そう言われるたび、心は少しずつ擦り減っていく。

一方で、オフィスのパントリーでは、いつも誰かが笑っていた。

コーヒーマシンを拭く音。 紙コップを補充する音。 会議室を片付けながら交わす雑談。

男はそれを横目に見ながら、どこかで思っていた。

——気楽そうだな。

自分みたいに、胃が痛くなる仕事じゃない。

少し羨ましくて。 少しだけ、見下していたのかもしれない。

その夜。

いつもの仲間から「コリドー行くぞ」と連絡が来ていたが、なぜか気分が乗らなかった。

猛烈に、味噌ラーメンが食べたかった。

勝どき駅を出て、少し歩く。

暖簾の灯りが目に入る。

みそびより

ガラス張りの店内は明るく、ラーメン屋というより、どこか小さなカフェのようだった。

店は少しこぢんまりしている。

カウンターが4席。 テーブル席が4つ。

だが、その狭さが妙に落ち着いた。

店内には、鉄鍋で野菜を炒める香ばしい音と、味噌の甘い匂いが漂っている。

QRコード注文。 キャッシュレス決済。 無駄のない導線。

全部がスマートだった。

“ちゃんと考えられている店”

そんな印象だった。

男はカウンター横のテーブル席に座り、ハイボールセットを頼む。

しばらくして運ばれてきた手包み餃子は、こんがり焼き色が美しかった。

特製の味噌ダレにつけて食べる。

肉汁と濃厚な味噌のコク。

思わず、ハイボールを流し込む。

——うまい。

その時だった。

奥のテーブル席から、聞き覚えのある声がした。

会社のパントリースタッフだった。

いつもコーヒー豆を補充している女性。 そして、その後輩らしい若いスタッフ。

女性は職場で見るより柔らかい表情をしていた。

だが話している内容は、驚くほど真剣だった。

「あそこのフロア、昼ピーク前に補充入れたほうが絶対いいよ」

「16時台、手空く人いたら会議室ヘルプ回そう」

「最近ミルク詰まりやすいから、朝の洗浄増やしたいんだよね」

まるでプロジェクト会議だった。

男は黙ってハイボールを飲んだ。

店員が、中華鍋で野菜を炒める。

炎が上がる。

味噌の香りがさらに濃くなる。

隣のカップルには、彩り鮮やかなまぜそばが運ばれていた。

温玉。 肉味噌。 紫玉ねぎ。 ミニトマト。 キクラゲ。

ラーメン屋なのに、どこか洒落ている。

別の客は辛味噌チャーシュー麺をすすっていた。

山椒の香りが、ふわりと漂う。

その空気の中で、男はふと思った。

自分は、この人たちの仕事を何も知らなかった。

毎朝、当たり前のように飲んでいたコーヒー。

でも。

豆が切れていないのも。 ミルクが詰まらないのも。 会議室が綺麗なのも。

全部、誰かが先回りして整えていたからだ。

自分が気づかなかっただけで。

仕事って、“目立つ仕事”だけじゃないんだな。

やがて、男の前に味噌ラーメンが運ばれてきた。

湯気の向こうに、炒め野菜が山のように乗っている。

スープを一口飲む。

想像より少し甘い。

野菜の旨味が溶け込んでいる。

優しいのに、深い。

疲れた身体に、静かに染み込んでいく味だった。

その瞬間だった。

女性リーダーの声が聞こえた。

「私、この仕事好きなんだよね」

後輩が少し驚いた顔をする。

「え、結構大変じゃないですか?」

女性は笑った。

「大変だよ。でもさ、みんな毎日すごい顔して仕事してるじゃん?」

「だから、コーヒー飲む時とか、お昼食べる時くらい、ちょっとほっとできたらいいなって思うんだよね」

男は、箸を持つ手を止めた。

その言葉が、不思議なくらい胸に入ってきた。

翌朝。

少し早めに出社したオフィスは静かだった。

コーヒーマシンの前に立つ。

ボタンを押す。

いつもの音。 いつもの香り。

その時、後ろから小さな台車の音がした。

昨日の女性リーダーだった。

豆の袋を抱えながら、「おはようございます」と笑う。

男は少し迷ってから言った。

「……いつも、美味しいコーヒーありがとうございます」

女性は、一瞬驚いた顔をした。

それから、少し照れたように笑った。

「そう言ってもらえると嬉しいです」

その笑顔は、昨日のみそびよりの灯りみたいに温かかった。

男は紙コップを受け取り、静かに一口飲む。

いつもと同じコーヒー。

でも、味が違った。

苦さの奥に、誰かの気遣いがあった。

張り詰めた毎日の中で。

自分はずっと、“仕事に救われる瞬間”を飲んでいたのかもしれない。

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